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History of Japan-US Relations in the period of late 1700s and 1900s

 

浦賀奉行と与力・香山栄左衛門のアメリカ船渡来対策と準備
(東京大学史料編纂所、近世史編纂支援データベース、「浦賀奉行支配組与力香山栄左衛門上申書」から引用)

浦賀与力・香山栄左衛門が嘉永6(1853)年6月付けで浦賀奉行の手を経て幕閣に提出した、「応接の手続き認め差出し候様お沙汰に付き大略認め取り候書付」によれば、オランダが提出した嘉永5(1852)年の『別段風説書』が江戸の幕閣に届くと、来年3月頃に石炭置き場の借用を求めアメリカ船が渡来する、という噂が流れた。これは大変な事だと大いに心配した香山は、当時浦賀在勤の奉行・水野筑後守やその後任の戸田伊豆守の同意を得て、長崎に回航すべしと強く諭すべく準備をしていた。香山の上申書いわく、

嘉永五子年の秋の頃であります。明丑年三月、アメリカ国より石炭の置き場借用として軍艦が渡来する様だともっぱらの噂が流れ、その頃の(幕府の)処置で、外国の事に関しては軽率に出来ない事なので、深く心配し、浦賀在勤の奉行水野筑後守へ噂の実否を尋ねた所、奉行も心配するだけで虚実が分からないとの事で、在府奉行戸田伊豆守へこれを探索してくれるようにと依頼した所、伊豆守に於いても明白に事実を言う事が出来ない事柄で、この噂について深く心配され、何処からか渡来するという報告でも上がっているか、内々に伊勢守殿(筆者注:老中首座・阿部正弘)にお伺いしたところ、これは今年渡来のオランダ商館長から報告された諸国風説書の内に、アメリカ国より軍艦を派遣するという件があった。・・・これは、(オランダ商館長の貪欲さから出たことだ、と)長崎奉行牧志摩守の報告で、必ず来るというものでもないからそう心得るようにと言われ、直ぐに風説書の写しを渡されたとの事で、早速この写しが伊豆守から筑後守に送付されたという事です。同年十二月になりやっと事実が分かり、筑後守が私に内々この風説書の写しを一覧させ、伊勢守殿のご内命の内容も伝えられたので、得と拝見したところ、長崎奉行の見込みはともかくも、風説(書)の内容によれば必ず渡来しないとも決め難く、万一渡来した場合の手筈を予め用意して置きたいと取り立てて申し上げた所、いよいよ渡来した時の取り計らい計画を内々報告する様にとの事で、得と考えました所、元来浦賀表はご府内の海門で咽喉の地ではありますが外国の事務を取り扱う場所ではなく、万一渡来し何かを申し立てる事があっても、長崎表に回航しそこで申し立てるようにと諭すべきだと書面で報告した所、その計画の通りに予め準備するようにと命ぜられました。翌丑年三月になり、奉行交代月のため伊豆守が浦賀在勤になり、筑後守は帰府の後長崎奉行に転役を命ぜられ、伊豆守在勤の後も尚また(アメリカ船の)渡来の時の取り扱い計画の内談がありましたので、筑後守に提出した通りに回答した所、これもまた同意され、三月も無事に過ぎ・・・。さりながら先年、北アメリカ合衆国人スターツセケレターリス・カライトン(筆者注:国務長官・クレイトン)と申す者に、皇国へ交易の企てが有ると言うことを(香山自身が)承知していた事などを勘考し、ただただ心配しており・・・。

この上申書はまだ長く続くが、このように自らも嘉永5(1852)年の『別段風説書』の写しを読んだ浦賀与力・香山栄左衛門は、自身の危機感から浦賀奉行と図り、「浦賀は外国の事務を取り扱う場所ではなく、長崎に回航するように」との諭し書を準備していたのだ。しかしペリー提督はこれを聞き入れず、「オランダに頼んで来航を通知済みだ」とさえ回答し、直に江戸に行く素振りを見せ、この様な浦賀奉行や与力・香山栄左衛門の生易しい対策では何の役にも立たなかったのだ。

しかしここで筆者の強い興味を引く事実は、香山栄左衛門は自身の上申書にアメリカ合衆国の国務長官・クレイトンの名前を明確に出し、アメリカに日本との交易の願望がある事を既に知っていたという事実である。ここに出て来る香山の読んだという嘉永5(1852)年の『別段風説書』の写しには国務長官・クレイトンの名前は出て来ないから、明らかにそれ以前の長崎からの情報をも知っていたと言うことだ。このクレイトンの名前は嘉永3年(1850年)の『別段風説書』の最後に、「北アメリカ合衆国は諸国と通商いたし来たり、その土民の噂にては、日本にも交易に参る所存これ有る趣に候。右はステーツ・セクレタリー・クレイトンの所存とか相見え候。」と出て来るから、香山は明らかに、この嘉永3年(1850年)の『別段風説書』情報をも知っていたということだ。

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07/04/2015, (Original since October 2012)