日米交流
Japan-US Encounters Website
History of Japan-US Relations in the period of late 1700s and 1900s

 

安政4年10月26日、堀田備中守役宅に於けるハリスの大演説 (要旨)

老中・堀田備中守に出府を許されたタウンゼント・ハリスは、安政4年10月21日に登城し、将軍・家定に謁見し、ピアース大統領の親書を提出した。蕃書調所を宿舎にするハリスはその勢いに乗り、更に堀田の役宅を訪ね、堀田を前に世界情勢について大演説をうった。ハリスいわく、

  • 今日これから申し上げる事は、アメリカ大統領も重要と思い、懇切丁寧な心から日本の大君を大切に思っての話である。国書の内容にも触れるので、大統領が直に話しているつもりでお聞き願いたい。

  • 何事も包み隠しなく、掌を指すごとく明白に申し上げるが、日本がアメリカと条約を取決める事は、初めての外国との条約締結であるから、大統領も他の国とは違い日本を親友と思っている。

  • アメリカ政府は他方での領土所有を禁じている。3年以上も前、サンドイッチ島(筆者注:ハワイ王国)が合衆国に加わりたいと望んだが、アメリカはこれを断った。これまで条約締結による以外は、1里たりとも武力で合衆国に加盟させた土地はなく、これは合衆国の風儀である。

  • 過去50年来、西洋の国々は種々変化しているが、蒸気船が発明されて以来、遠方の国々もごく手近になった。電信機が発明されて以来、遠方の事もすぐ分かるようになり、これを使えば江戸からワシントンまでひと時の間に応答が出来る。カリフォルニアから日本に18日間で来る事が出来るのは蒸気船があるためで、この蒸気船によって諸方の交易が盛んになった。西洋各国は一族のようになっているが、蒸気船のためである。

  • このため外交をしない国は世界で交わる妨げになるから、取除く以外にない。どこの国の政府も、世界で交わる事を拒否する権利はない。従って2つの願いがある。第1に、使節同様の公使を都下に置きたい。第2に、国々の者が自由に商売出来るようにしたい。この2つはアメリカのみの願いではなく、各国の願いであり、西洋各国はアメリカ以上に強く望んでいる。

  • イギリスやヨーロッパ各国の情勢から、日本に危難が降りかかろうとしている。それというのも、イギリス政府はジェームス・スターリング提督が日本と結んだ和親条約だけでは不服で、日本と戦争をしてでも各国同様の交易をしたいと思っている。

  • イギリスは、東インドの所領を守るためロシアとの関係を恐れ、フランスと同盟しロシアと戦争を始めたのも、ロシアの南下を憎むためだ(筆者注:クリミア戦争を言う)。イギリスは、ロシアの樺太やアムール領有は、満州や支那を横領しようとする意図だと最も憎んでいる。ロシアが満州や支那を横領すれば、その兵でイギリス領の東インドを狙うから、そうなればまた露英戦争が始まるだろう。そんな最悪事態を避けるため、イギリスは樺太や蝦夷の箱館を領したいと思っているのだ。樺太や蝦夷を手に入れ大艦隊を両所に派遣し、カムチャッカのペトロパヴロフスク港と樺太の間を分断する意図なのだ。このためイギリスは、ロシアと地続きの満州より、蝦夷の方を強く望んでいる。

  • 日本や支那に西洋流の貿易が開けていず、一本立ちの様相だから、大統領から支那情勢に注意するよう申し付けられている。支那は18年前イギリスと戦争になったが、公使が首都に駐在していればそうならなかった。広東の奉行に任せ切りにし、その奉行も居丈高な態度だったからイギリスと戦争になったのだ。この戦争で支那は百万の人命を失い、港は残らず乗っ取られ、南京さえも乗っ取られ、そして和議を結ぼうと小判500万枚相当の賠償をイギリスに払った。全ての損失を合算すれば、その十倍以上にもなるだろう。これで、裕福だった支那の国体はすっかり弱ってしまった。

  • そんな中で、またイギリスとフランスが同盟し支那に戦争を仕掛けたから、今後どうなるか全く計りがたい。フランスは朝鮮を、イギリスは台湾領有を望んでいるようだが、和議に持ち込んでもまた出費になるだろう。今までの説明を良くご勘考になり、ご用心なさい。天に誓って申し上げるが、こんな戦争も公使が北京に駐在していれば起り得なかったわけだ。

  • イギリスとフランスからアメリカに、支那との戦争に加担しないかと頼んで来たが大統領は断った。支那のアメリカ人に対する取り扱いに不快感もあるが、他国に加担した戦争は断った(筆者注:アメリカの支那との外交努力が阻害され、ピアース大統領の支那皇帝宛の国書も開封されたまま返事もなく返却されたりもした)。日にちは不明だが(筆者注:1856年11月16−22日)アメリカのポーツマスという軍艦が広東の砦から理由なく繰り返し砲撃を受け、抗議への回答もなかったから、アームストロング提督は広東港口の4ヶ所の砦を、大砲はもちろん石垣までも砲撃し破壊した。現地奉行の謝罪によりその戦は解決したが、アメリカ政府はイギリスと組んだ戦争はしなかったのだ。

  • 支那の戦争の原因はアヘンである。30年前は広東以外のアヘンは禁止されていたが、最近は広く萬延し、数百万人もが喫し、その費えは年間2500万両とも聞く。アヘンの被害はそれだけでなく、中毒で体が弱り、富豪も破産し、思考が止まり、貧困から盗賊の悪事を働き命を鑑みなくなる。最近は、支那皇帝の叔父までアヘン中毒で死亡した。こんなアヘンは全てイギリス領東インド産である。支那の被害は広がる一方だが、イギリスは利益が出るので禁じようとしない。支那は條約で禁止したが、利益をむさぼるイギリス商人は、武装船で密貿易をし、支那の役人は手の出しようもない。

  • 英人は、日本にもアヘンを広めようと思っている。一度アヘンを喫せば終身止められないことを良く知る英人は、日本にも一度広めたいと狙っているのだ。合衆国大統領は日本のため、アヘンは戦争より危険だと申している。戦争の費えは時が過ぎれば補いも出来るが、アヘンを覚えてしまっては年が過ぎても取り返しが出来ない。そのため大統領も、アヘンにだけは注意するよう申している。条約を造る時は、アヘン禁止をしっかり組み込むようにと大統領が申している。アメリカ人がアヘンを持ち込んだり呑み広めたりしたら、没収焼却し罰金を取って差し支えない。

  • 大統領は誓って申し上げるが、日本も外国同様港を開き、公使を受け入れておけば安全である。日本は数百年も戦争がなく、大変に幸せだと思うが、あまりに長く太平が続けば、かえって為にならないこともある。大統領は、日本人は世界でも英雄と考えるが、英雄は戦の時に大切な要素でも、勇は術に敵わない。戦争に必要なものは、(術である)蒸気船やその他の兵器が最も重要である。例えば外国と戦争になった時、英国にとって大した事でないが、日本にとっては大損失となる。日本は幸いにも戦争の辛苦を歴史書で知るばかりで、実地に見た人が居ないことは大幸だ。しかし、イギリスやフランスの例え1国と戦争になっても、(その戦争で負け)終結には条約を結ばざるを得ないから、大統領の願いは、日本と戦争をせず互いに敬礼を尽くして条約を結びたいのだ。最近の西洋でも、大勝利を得た戦争よりつまらぬ無事のほうが良いとまで言う高名な総督もいる。

  • 大統領は、合衆国としっかりした條約を結んでおけば、その他の国は必ずそれを基本にするから、決して心配は要らないと考えている。船も大砲も持って来なかった私を相手に條約を結べば、日本の名誉は立派に立つ。品川沖に50艘の軍艦を引き連ねた者と結ぶ条約とは、雲泥の差がある。この度開港するにしても、一度に全て開かずとも徐々に開港して行けばよい。しかし英国との條約は、そうは行かないだろうと大統領も申している。アヘンについて合衆国との條約ではっきり禁じておけば、英国もそれを呑まざるを得ない。大統領はアメリカにとって、相互に過不足ない平等な條約を願っているのだ。

  • 200年前に日本がポルトガル人やスペイン人を放逐した時代と比べ、宗教面で大いに違っている。アメリカは信教の自由があり、西洋は武力で宗教を強要する事はしない。信教は基本的に個人の自由なのだ。アメリカでは仏教会もキリスト教会も軒を並べ、互いに邪心を抱くこともなく、心安らかに一日を過ごせる。昔のポルトガル人やスペイン人は、日本に来て商売をし、宗門を勧め、戦力で日本を横領しようと企んでいたと思うが、現在は世界中で親睦を心がけ、一方の富を他方に与え、何処も平等になるよう望んでいる。例えば英国で凶作が続き食物が不足すれば、他国より商売を超えた援助がある。

  • 交易というのは品物の売買だけでなく、新規発明など相互に伝え国益とするのも交易の一端である。農作物だけでなく細工物もその対象だ。余剰品の供給と不足品の購入もある。入手し難いものも入手できるようになる。このように、交易は相互便宜のためで親切心より出ているから、交易は自然に戦争を避ける手段になる。

  • 輸入品には税金をかけることになるが、アメリカはその税収入で国家の費用を賄い、余剰金を国庫に入れている。課税にはいろいろやり方があるが、輸入税ほど確実なものはない。国々の親睦は交易によると言ったが、交易がより一層の親交をつくる。

  • 私が日本に来る途中シャムで条約の締結をした。その後同じようにフランスが条約を結んだが、その趣旨はイギリスがシャムを領有しそうな意図が見えたため、その阻止の意味があったのだ。東インドは今全てイギリス領になったが、元来数カ国に分かれていたものが、何処も西洋と條約を結ばず、終に英国に統一されてしまった。英国に攻められた時も條約を結んだ国がなかったため、何処からも助けを得られなかったのだ。条約を結ばず一本立ちでいる国の不利が良く分かると思う。だから日本でも、東インドの例を良く勘考すべきである。

  • 日本も開国すれば、その船印である国旗が各国の港で知られるようになる。また眼力のある人が高い山に登って良く見れば、日本近海で数百艘のアメリカ鯨漁船が操業しているのが見えるはずだ。日本でもやれば出来るものを、みすみす他国に利を与え、なす術もなく、笑止の限りだ。大統領は、アメリカが知っている事は何でも教えると申している。軍船、蒸気船、その他どんな武器でも必要の品は輸出するし、海軍士官や陸軍士官、歩兵士官など必要に応じ派遣する。万一日本が西洋各国と確執の生じた時は、大統領はアメリカが調停役になることを願っている。アメリカと条約の締結が出来れば、他の国々がそれ以上の條約を要求することはない。

  • 日本に来る直前に、香港でイギリス総督・ジョーン・ボーリングに面会したところ、日本への使節に任命されたと内々に話してくれ、その後日本に着てから4通の書簡を貰っている。その中に日本政府に関する件があり、日本に行く時はこれまで見たこともないほどの軍艦を率い、江戸に行って談判すると言い、それ以外の土地はないと言っている。その要求事項の第一は、公使を首府に置くこと、第二は日本の数ヶ所へ英国船が行き自由貿易が出来ることだ。若しそれが許されないなら、戦争で解決する積りだとのことである。しかし支那との戦争のため、渡来が遅れるとのことだ。フランスが来る時も同時期だろう。最後の書簡では、蒸気船50艘ばかりになるとのことだが、戦争の終わり次第来る事に疑いはない。事情を知るものからの情報では、支那は長くは持たないだろうとのことだから、程なく来ることだろうと思う。

  • 憚りながら、貴方様はじめご老中様方は良く相談され、その節の処置を決めて置かれるものと思うが、私の考えでは、條約を締結しておく以外の方策はない。早速条約を締結し、私の名前でイギリスやフランスの高官に書状を出し、アメリカと条約は締結され諸外国にも同様に許可されるはずだと伝えれば、50艘の蒸気軍艦が1艘か2、3艘で済む事になろうと思う。

  • 今日は大統領の考えと、かねて伝えてある英国政府の内情を申し上げたが、これをご採用になり、日本の安全に貢献できればこの上ない幸福である。以上とくとご勘考なされ、他のご老中様へも伝え、ご相談して頂きたい。

このハリスの大演説は、老中首座・堀田正睦はじめ多くの幕府中枢の役人にインパクトを与えた。時代の推移が明確になり、迫りくる西洋諸国を相手に日本を護るため、いよいよ新しい外交を展開せざるを得ないという理解が出来始めた。然し、かっての幕府の威厳も大きく崩れ始め、「天皇こそ日本の国主だ」と尊奉さえする徳川御三家や親藩をはじめ、新時代を理解できない多くの諸藩を制御できない幕閣には、もはや新時代へ向けた方策を遂行する力の無いことが明白になって行く。

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07/04/2015, (Original since 03/28/2009)